2013年12月7日土曜日

エコール・ド・プランタン、発表募集


[三浦篤]

 博士課程、ポスドクの若手研究者たちが、あるテーマに沿って集中的に発表するセミナー「エコール・ド・プランタン」の12回目の大会が、2014年6月9日〜13日に東京で開催される(東京大学総合文化研究科比較文学比較文化研究室主催、会場は駒場キャンパス他)。欧米で始まった企画・組織なので発表言語は英仏独伊に限られ、日本語が使えないという条件はあるが、外国語で発表し議論してみたい、同世代の外国人研究者と知り合いたいという人には得がたい機会となる。総合テーマは「美術史の枠組み - 西洋、日本、アジアの交差するまなざし」で、詳しくは以下のCall for papersを参照。積極的な応募を期待している。

2013年10月16日水曜日

印象派展の開幕

[三浦篤]

1022日(火)から東京富士美術館で「光の讃歌、印象派展— パリ、セーヌ、ノルマンディの水辺をたどる旅」が始まる。今年、世界中で開催されている「水辺の印象派」をテーマとする展覧会の中で、作品の質の高さから言えばルーアン美術館の「きらめく水の反映展」(コンセプトはよく練られていた)に匹敵するか、やや上回るかもしれない。この後、来年1月から福岡市博物館、3月から京都文化博物館(マネの《アルジャントゥイユ》の特別展示あり)に巡回し、5月まで続く。1館からではなく、欧米を中心に29にのぼる世界の美術館から作品を集めて開かれる、久々の本格的な印象派展である。私も展覧会とカタログに関して学術協力させていただいたが、ぜひ足を運んでじっくり鑑賞してほしい内容となっている。

2013年4月23日火曜日

ドビュッシーの時代を生きること、展覧会と講演会

 [三浦篤]

 昨年の後半は多忙に過ぎて、長い間ブログが書けなかったので、2012年度で気になったことを、少し回顧してみたい。例えば、7月15日に恵比寿の日仏会館で開催された、ギ・コジュヴァル、オルセー美術館館長の講演会「ドビュッシーと象徴主義」のことは、今でも折に触れて思い出す。私がオーガナイズと司会を務めたこの講演会は、パリのオランジュリー美術館で開催されたあと、やや内容を変えてブリヂストン美術館に巡回した「ドビュッシー、音楽と芸術」展を記念するもので、コジュヴァル館長はその総監修を務められていた。


 私自身、パリ展も観たが、分かりにくい、つかみどころが難しいというのが最初の印象。一つのジャンルだけでも大変なのに、諸芸術の照応というテーマは本当に容易ではない。東京展を観ても困惑が続き、この講演会を聞いてようやく腑に落ちた気がした。実は、展覧会監修者の一人ジャン=ミシェル・ネクトゥー氏に展覧会と同テーマの浩瀚な研究書があり、厳密な方法意識に基づく良書であるのは間違いない(例えば以下の書評を参照。http://www.latribunedelart.com/harmonie-en-bleu-et-or-debussy-la-musique-et-les-arts)。ところが、コジュヴァル氏を基軸とするこの展覧会には、学術性とは異質な側面、別の面白さがあることが、講演会を聞いてようやく感得できたのだ。
 ドビュッシーを核にして、19世紀末パリの美的生活や芸術家の交友関係、当時の多様な潮流(象徴主義、印象主義、ジャポニスム、古代回帰等々)など、あらゆる文化的な環境を復元し、さらに汎ヨーロッパ的な文脈をも踏まえつつ構成された展覧会。ドビュッシーの音楽と響き合う諸芸術(美術、文学、舞台芸術など)の精髄が結集した催しと言ってもよい。これは考えるというよりは、感じるべき展示であり、感性の合う人には堪らない展覧会、合わない人にはピンと来ない展覧会となったのである。ドビュッシーをめぐる美的世界を追体験できるかどうかが鍵で、端的にいって啓蒙的観点は重視されていない。
 コジュヴァル氏の講演もまた、世紀末パリの文化・芸術の豊かさを喚起する大変興味深いものであった。学術的なアプローチとは別の提示の仕方があることを存分に見せていただいた。画像とともに流されたドビュッシーの楽曲のマッチングも抜群。主観的な観点からの照応関係に一定の説得性を持たせるためには、諸芸術に精通した深い趣味の裏打ちが必要であることがよくわかった。
 ここで評価が分かれるかもしれない。この展覧会が分かるかどうか、楽しめるかどうかは、あなたの趣味と感性次第という、近年稀少な催しとなった。分かる者だけに分かればよいとする「文化エリート主義的」な立場が根底にあり、それをどこまで認めるかで意見が分かれよう。ジャンルのクロスオーヴァーという切り口を通じて、分かりやすさ至上主義に陥っている昨今の展覧会の在り方にも一石を投じたと言えよう。

2013年4月15日月曜日

南京と印象派


[三浦篤] 

 自分でも予想外であったが、3月18日から21日まで中国の南京に滞在した。東大駒場のLAP(リベラル・アーツ・プログラム)の集中講義を引き受けて、南京大学で2日間授業をしたのである。尖閣諸島や大気汚染などが話題になっている頃であったし、マスク持参でおっかなびっくり飛行機に乗ったのだが、着いてみると誰もマスクなどしていないし、日本人だから危険な目に遭うということもなかった。もっとも、南京市内は何となくほこりっぽく霞んでいる。これはやはり公害か(近くにコンビナートもある)、それとも黄砂か、はたまた異常な建設ラッシュのためか(ユース・オリンピックを控えている)、やっぱり春霞なのか、最後まで判断がつかなかった。
 それはともかく、リレー式の集中講義の総合テーマは「水」であった。南京大学の日本語学科の学部生、大学院生を相手に日本語で授業してよろしい、自分の専門のことをしゃべってほしいということだったので、主題はあっさり「水辺の印象派」にした。中国絵画、日本絵画にもほんの少しだけ触れたけれど。詳しくは以下を参照。

 大学院生が私の授業を同時通訳してくれたが、約30人出席した南京大の学生たちの日本語力はなかなかのものだった。理解力と会話力は決して低くはなかった。われわれ日本人の外国語能力と思わず比べてしまった(東大の学生たち、もう少しがんばろう)。ただし、画像を見せて分析する美術史の授業に慣れていないし、印象派の作品をほとんど見たことがないから、最初はやや戸惑いがあったと思う。しかし、2日目になると慣れてきて反応もよくなったし、最後は質疑応答もできた。やって良かったと思える集中授業だった。
 郊外に移転した南京大学の新キャンパスは広大な敷地を占めていて、日本の感覚では想像もつかない。ハードがこれだけ充実し、そこにソフトが加われば、日本の大学は圧倒されるかもしれない、そんな印象をひしひしと感じたのである。いや、であるからこそ、今なら東大の教養教育を中国に「輸出」できるという、LAPの世話役である刈間先生のご判断は実に正しい。お声がかかればまた行ってもよいと思った(南京の料理はとても美味しかったということもあるけれど)。ただ、これから中国語に手を出すのはちょっと難しいかな。やってみたい気持ちはあるのだが。

2012年10月4日木曜日

Louis Vuitton のモノグラムに関するヴィデオ

[三浦篤]


 もう10年くらい前になるのだが、ルイ=ヴィトンのよく知られたモノグラム・デザインが、ジャポニスム(日本趣味)と本当に関係するのかどうか(「家紋説」が流布しているので)、ルイ=ヴィトン社から依頼されて、調査したことがある。おそらく起源はゴシック・リヴァイヴァルの可能性が高く、ジャポニスムが含まれていたとしても、万博の時代に誕生したユニヴァーサルなモダン・デザインとしての一要素としてでしかないだろうという結論にいたった。この研究成果はなかなか日の目を見ないのだが、そのほんのさわりをLouis Vuittonのホーム・ページでしゃべってみた。パリで撮影した動画とインタビューを融合した映像です。

2012年10月3日水曜日

シンポジウム傍聴記 : Territoires du japonisme


[齋藤達也]

 レンヌ第二大学で開かれた三日間(9/27-9/29)に渡る大規模なジャポニスムのシンポジウムに聴講者として参加する機会を得たので、この場を借りてその模様を報告したい。公式webページとプログラムは次を参照(http://www.univ-rennes2.fr/histoire-critique-arts/actualites/colloque-international-territoires-japonisme)。2008年に東京日仏会館で行われた大シンポジウム「日仏芸術交流の150年」は記憶に新しい。ジャポニスムに焦点を絞った今回の企画もそれに引けを取らない規模で、日仏の研究者を中心に約20の研究報告がなされた。


 プログラムの構成について見れば、各々の発表は時代的にもテーマ的にもバランスよく分散していたといえる。日本の開国以前にヨーロッパに流入した日本や中国の品々の紹介、画中の日本的モチーフを同定する研究、コレクターや著述家についての発表、産業芸術の文脈の中で日本美術の影響を跡づけるもの、そして20世紀初頭の日本美術の受容を検討するものなど、主題は多岐に渡る。中でも特筆しておくべきは、河鍋暁斎と久米桂一郎が欧米のジャポニスム研究者の前でおそらく初めて、それもフランスの地で紹介されたことである。北斎や広重などと比較すると、欧米でアクセスできる暁斎の情報量は少ないだろう。しかしながら、モスカティエッロ氏によるアンリ・ゲラールの扇面画の発表が端的に示していたように、例えば『暁斎百図』はイメージ・ソースとしてフランスで幅広く参照されていた。小林氏による発表によって、ジャポニスムの文脈での暁斎理解が進むことが期待される。一方で伊藤氏による、久米や同時代の日本の洋画家のブルターニュやブレア(Bréhat)滞在期の様子の紹介は聴衆の関心を引いたようで、日本人画家の名前を書き取る研究者の姿が多く見受けられた。日仏美術交渉史の中でジャポニスムを捉え直す契機を与えるという意味で、これらの発表は大変意義深いものだったように思う。
 この他にいくつかの発表内容に触れてみよう。今井氏による発表は、新たに発見されたフィリップ・ビュルティの手帳によって、1891年の売立てによって散逸したビュルティ旧蔵コレクションを明らかにしようとする試みで興味深かった。前述のモスカティエッロ氏の研究はゲラールによる新出の複数の扇面画を紹介・分析するのもので、描き込まれた日本的モチーフの参照源を同定する実証的な手続きは、オーソドックスでありながらジャポニスム研究の基礎をなすアプローチであることを改めて印象づけた。ラカンブル氏による、これまで語られることが避けられてきたジャポニスムの側面(日本の「おまる」や春画の受容)に関する発表、そしてワイズバーグ氏による、アメリカの画家ロバート・ブラムの日本滞在期撮影の写真と絵画との関係の分析は、ジャポニスム研究の大家として意欲的に新たな領域に踏み込む姿を見せてくれた。レンヌ第二大学でのシンポジウム開催の実務の労をとってくださったプロー=ディリュイ氏は、批評家ギュスターヴ・ジェフロワとジャポニスムとの関係の全体像を描くことで、研究領域としての「著述家と日本美術」の可能性を広げた。
 ラカンブル氏、ワイズバーグ氏とならんで、本シンポジウムの学術委員には三浦先生も名を連ねている。三浦先生の発表はいわゆる「大芸術」における日本の表象を跡づけるもので、手堅い方法論と発表構成が他と一線を画していた。チェザーレ・リーパ『イコノロギア』以来の大陸寓意像のうち「アジア」の図像は、中東、インド、中国の要素で代表されることが多かった。1867年のパリ万博の年に注文され、リュクサンブール公園に設置されることになるカルポーの《地球を支える四世界》においても、「アジア」は中国人によって表現されている。ところが1878年のパリ万博の際に制作されたファルギエールの彫刻においては(三浦先生が発表冒頭で示したように、これは今日オルセー美術館前の広場にある)、日本の少女が「アジア」の位置を占めることになる。こうした「ムスメ」のイメージは、サロンにおける日本趣味の絵画にも見出される。圧巻だったのは、最後に示されたサクレ=クール寺院の天井画(1913年)に描かれた「ムスメ」である。西洋の教会堂にまで日本趣味が反映されていた事実に驚くと同時に、そうした図像を探索するのに費やされたはずの膨大な作業と時間とが頭をよぎった。日本美術を積極的に取り入れた画家や作品ではなく、あえて公共記念物やサロン絵画を通して見ることで、時代全体における日本趣味の浸透度が明らかになったといえるだろう。



 それぞれのセクション後に設けられた質疑応答は大変に盛り上がった。ジャポニスムの全体像を問うものから、一次資料の眠るアーカイヴに関わる議論まで様々なレベルの話題が入り乱れ、終始活発な議論が展開されるフランスらしい光景が見られた。会場外では研究者同士が活発に交流し、筆者もエルネスト・シェノーについて第一線の研究者たちと話し合う貴重な機会を得ることができた。最終日に司会を務めた三浦先生が最後に述べられたように、再びこうした国際シンポジウムが開催できるよう、若手研究者はジャポニスム研究の成果を受け継ぎ、世界の研究者と積極的に対話してゆかねばならない。