2020年4月19日日曜日

「ジャポニスム2018」の遺産(レガシー)(1) ―万国博覧会から日本文化博覧会へ―

[三浦篤]

 2018年にフランスで「ジャポニスム2018」と命名された一大文化イベントが開催されたことはまだ記憶に新しい。2018年は、日本とフランスの外交関係が樹立してから160年目、明治維新から150目、さらには日仏関係に寄与した文人外交官ポール・クローデルの生誕150周年でもあるという記念の年であった。周年事業というのは分野を問わず盛んであるが、これほど大がかりな日本文化のイベントがフランスで催されるのは滅多にないことである。美術、演劇、映画、食文化、文学、舞踊、マンガ・アニメ等々、日本文化の伝統と現在を象徴する興味深い企画がパリを中心にフランス全土50以上も繰り広げられ、20187月から20192月まで続いたのはまさに壮観であったに違いない(図1)。

図1 ジャポニスム2018、プログラム表紙

  全体は4つのカテゴリーのイヴェントで構成されていて、日本文化の原点とも言うべき縄文から伊藤若冲、琳派、そして最新のメディア・アート、アニメ、マンガまでを紹介する「展示」、歌舞伎、能から現代演劇や初音ミクまで、日本文化の多様な魅力を紹介する「舞台公演」、さらに日本映画100年をたどる特集上映を始めとする「映画」、食や祭りなど日本人の日常生活に根ざした文化等をテーマとする「生活文化 他」となっていた。私自身は2018年の12月後半、「黄色いベスト運動」のデモの余波がいまだくすぶるパリに仕事で訪れた折に、いくつかの展覧会を観たに過ぎないが、フランスの日本文化理解と日本の文化輸出についていろいろ考えさせられた。その際、まず気になったのが「ジャポニスム2018」というタイトルそのもので、今回の催しの特徴を逆説的によく表しているように思われる。

 というのも、今回の一連のイベント自体は正確に言えば「ジャポニスム」ではないからだ。現在知られているように、19世紀後半における「ジャポニスム」とは、日本の美術・文化の影響を受けた欧米の美術・文化における「日本趣味」を意味するのであり、浮世絵に触発されたモネやゴッホの絵画などが典型的な例に当たる。しかしながら、「ジャポニスム2018」では、日本美術の影響を受けたフランス美術ではなく、日本美術そのものを展示しているのだから、そうした展覧会は実は「ジャポニスム」展ではなく「日本美術」展なのである。

 にもかかわらず、無理矢理にでも「ジャポニスム2018」と銘打った意味合いについては後で論じるとして、今回のイベントと本質的に類似する催し物がかつてあったことを思い起こしたい。それは、欧米における「ジャポニスム」流行の大きなきっかけとなった19世紀の万国博覧会にほかならない。19世紀後半のパリでは1855年、1867年、1878年、1889年、1900年と5回行われた万国博覧会に、日本が正式参加したのは1867年以降であるが、その出品物には美術工芸品のみならず、日本の生活と文化に関わるありとあらゆる品物が含まれていた。さらに、1867年のパリ万博では日本の曲芸を見せたり、茶屋を建てて三人の芸者に日常生活を演じさせつつ茶湯の接待をさせたりし(図2)、1878年のパリ万博ではトロカデロの日本庭園に農家を設えるなど、物品展示とは別の見世物的な趣向も凝らしていたのである。万国博覧会への参加は、その当時の日本文化の全体像を魅力的な形で提示し、関心をかき立てることにより、国家としての評価と威信を高め、輸出産業の育成にもつなげる意味を持っていた。

図2 万国博覧会における各国の人物ー日本、『ル・モンド・イリュストレ』1867年9月28日(Types nationaux à l'Exposition universelle - Japon, Le Monde illustré, le 28 septembre 1867)

 
「ジャポニスム2018」とは、1867年のパリ万博から数えれば、ほぼ150年後の21世紀の時点において、日本文化の総体をフランスで再び提示した企画である。一種の「日本文化博覧会」であったと言ってもよい。むろん細かく言えば両者の違いはいろいろあるにせよ、むしろ本質的な違いをひとつ挙げるならば、2018年の方は19世紀後半のジャポニスムのことを知っているということであろう。そのことは、パリ装飾美術館で開催された展覧会「日本−日本趣味、1867-2018」が示す通りで、実は「ジャポニスム2018」の中で、本来のジャポニスムの要素を含むのはこの展覧会であった(図3)。



図3 Japon-Japonismes, 1867-2018, cat. exp., Musée des arts décoratifs, Paris, 2018.

 
装飾美術館の日本美術コレクションから選んだ作品をベースに、日本から影響を受けたフランスの作品をも挿入した本展は、陶磁器、着物、櫛、刀の鐔から袱紗、硯、竹籠、椅子まで、さらには版画、ポスター、写真なども交えて、19世紀後半から21世紀までの装飾美術における日仏交流の歴史を大量の展示物で視覚化してみせた(図4)。ジャポニスムにおいては、絵画や版画以上に工芸品、装飾美術こそが汲めども尽きせぬ媒体となったことを改めて認識させる展覧会でもあり、おそらく「ジャポニスム2018」の副題「共鳴する魂」に最も適合するのはこの美術展であった。

図4 「日本ー日本趣味、1867-2018」展、会場写真

 しかしながら、これはほとんど唯一の例外であって、他の展覧会はすべからく日本美術そのものを
展示していた。では、そうしたイベントの総称として「ジャポニスム2018」と銘打ったのはなぜか。おそらくは、かつてパリ万博の後で「ジャポニスム」の流行を生み出したように、今回の「日本文化博覧会」の後でも新たなる「ジャポニスム」のうねりが誕生してほしいという期待の表れに違いない。「夢よ、もう一度」、そうした願望を先取りした命名なのではあるまいか。果たして、この後「新ジャポニスム」が生まれるかどうか、これから見届けなくてはならないであろうが、今回の他の美術展はそれに寄与するのか。次にその特徴とポテンシャルを検証してみたい。(続く)