2017年1月21日土曜日

EAJS(European Association for Japanese Studies)シンポジウム報告記:日本文化の中心と周縁 (Center and Periphery in Japanese Culture)

[申旼正]

 2016 年3月5日から7日までの三日間、ルーマニアのブカレスト大学で開かれたEAJSの国際日本学シンポジウムに発表者の一人として参加させていただいた。今回のシンポジウムは、「日本文化の中心と周縁」というテーマのもとで、日本文化の中に見られるパワー・ゲームやヒエラルキー、その対立や衝突、交渉の問題に関する多様なアプローチを共有しようとする趣意から企画された。政治や経済、法と外交、思想や文学、芸術など、日本を研究対象とする様々な分野の研究者30人により発表が行われ、とても刺激的であった。


シンポジウム会場での集合写真
 私は、二日目に「日本近代洋画の中心と周縁――山田新一(1899−1991)の「旅」、彼における内地と外地」というタイトルで発表を行った。植民地期(1910−1945)に朝鮮で活動した日本人画家(通称、在朝鮮日本人画家)たちの芸術と自己認識の問題を、当時の歴史や社会的状況と結びつけて多角的に考えようとする試みであった。植民地期に日本と朝鮮の間に存在していた、「内地(中心)」と「外地(周縁)」の地域的・社会的な階級性を正確に認識した上で、外地の内地人としての優越感と、内地の日本人に対する劣等感の間を彷徨った在朝鮮日本人画家たちの内面の混沌やアイデンティティの揺らぎを幅広く捉えようとした。支配者として考えられがちな在朝鮮日本人たちのアイデンティティを、従来とは異なる観点から見る可能性を提示できた点で評価された。
 
 最終日に設けられた「ラウンド・テーブル」では、発表者と主催側の全員が集まり「ヨーロッパと日本における日本学研究 」というテーマで議論を行った。「日本学研究における地域間格差を縮める方法」や「〈周縁国〉における日本学研究の活性化の方法」に関しては、特に熱い議論が交わされた。上記の問題意識は、現在ヨーロッパで行われている日本学研究が抱えている問題でもあり、「日本文化の中心と周縁」を全体のテーマと定め、議論を進めようとした主催側の意図がうかがわれた。日本や日本文化に対するヨーロッパの若者たちの興味を、学問的なレベルまでに引き上げ、研究テーマとして深化させていくための環境構築の必要性や、日本学研究における国際レベルでの協力および活発な交流の必要性が強調された。

ブカレスト大学で本を選んでいる学生たち
 東京からブカレストまでは直行便が無く、ドイツのフランクフルトを経由し、片道で20時間近く掛かった。シンポジウムの日程もかなり詰まっており、身体的には疲れも感じられた。しかし、そこで出会った人たちの手厚い歓待に元気を取り戻し、研究者たちとの学問的な交流を通して、記憶に残る充実した楽しい時間を過ごすことができた。


 この有意義なシンポジウムを企画してくださったブカレスト大学・日本学センター(Center for Japanese Studies, University of Bucharest)の皆様および準備に関わったブカレスト大学の学生の皆様、滞在中いろいろ手伝ってくださったブカレスト大学のNecula Irina LauraとLina Amcさんに、この場を借りて感謝申し上げたい。


ブカレスト旧市街

2016年2月11日木曜日

SOASシンポジウム報告

[申旼正]
 
 2015年10月10日と11日の二日間、ロンドン大学のSOAS(the School of Oriental and African Studies)にて「境界の解体:「東アジア美術史」は可能なのかDeconstructing Boundaries: Is ‘East Asian Art History’ possible ?」というテーマでシンポジウムが開かれ、発表者の一人として参加させていただいた。今回のシンポジウムは、東アジアの美術史に存在する境界を取り壊し、それを超えた「広域の交流史」として東アジア美術史を成り立たせることは出来るのかという問題意識から企画された。東アジア美術を専門としている世界各地の研究者23名(基調講演5名、テーマ発表11名、討論者7名)が集まり意見を交換した。

 シンポジウムは、大きく三つのセッションで構成されており(1. 日本における東アジア美術という発想の構築 / 2. 中心的な存在としての日本のアカデミー / 3. 戦争と身体)、日本における東アジア美術の概念を問い直し、東アジア美術という枠組みから捉えた美術活動に関する様々な発表が行われた。特に、5人の先生方(林洋子、板倉聖哲、三浦篤、佐藤道信、島尾新先生。プログラム表記順)による基調講演は、東アジア美術史に対する新しいアプローチを提示しており、歴史的な物事を総合的に眺め、幅広く理解する柔軟な態度と知性に目を開かされた。

 私自身は二日目に、「「マージナルマン」裵雲成−−彼のヨーロッパ体験と視点、その芸術(“Marginal man” Un-Soung PAI: his European experience, his view and his art)」というタイトルで発表を行った。裵雲成(1900−1978)は、ヨーロッパに留学した最初の朝鮮人洋画家で、ドイツとフランスに長年滞在しながら(1922−1940)、異国趣味溢れる作品で高く評価された人物である。今回の発表では、特に彼のヨーロッパでの活動とイデオロギーに重点を置いた。裵の芸術の特性といわれる、画法の「東洋性」を彼のヨーロッパ体験と結びつけて捉えようとしたのである。また、当時ヨーロッパで活動していた各界の日本人と裵との人間関係を見ることによって、文化の異なる複数の集団に属しながら、そのいずれにも完全には所属することができず、その境界にいる「マージナルマン」としての裵雲成のアイデンティティーを浮き彫りにし、既存の研究とは異なる視点を提示しようとした。
 今回の発表のために三ヶ国(フランス、ドイツ、韓国)で資料調査を行っており、様々な研究機関・団体にご協力をいただいた。パリ国際大学都市の図書室及びフランス国立東洋言語文化研究所(以上フランス)、ベルリン国立民族博物館(ドイツ)と国立現代美術館資料室(韓国)の関係者の皆様に、この場を借りてお礼申し上げたい。 



 両日の最後に設けられた「質疑応答・議論」の時間には、自由な雰囲気のなかで活発な議論が交わされ、特に「東アジア」という概念規定の必要性や東アジア美術史における境界の「再構築」の可能性、美術史家の役割やその展望に関する案件などは、今後も皆で考えていくべき課題だと思われた。そのいずれも即答しかねるものではあったが、美術史家が越境的で相互協力的な視座に立って、「広域の美術史」を実現する必要があるという見解には参加者一堂が同意した。

 博士1年生であった2013年、鳴門の大塚国際美術館で開催された国際美術史学会CIHAのコロキウムに初めて参加し、参加者たちの英語発表を憧れを持ちながら聞いた記憶がある。当時は自分には程遠いことだと思っていたが、今は国際学会に足を運ぶことの重要性を痛感し、機会があれば喜んで参加させていただいている。国際学会は、自分の研究の意義を広く知らせ、その方向性に関して様々な研究者と意見を交わし合える貴重な機会である。自分の考えを積極的に発表する訓練やそれを正確に伝えるための外国語能力を鍛える機会にもなる。また、国際学会で多様な研究発表を聞き、いろいろな同僚たちと付き合えることは非常に楽しい経験でもある。分野を問わず、国内の充実した研究を外国に発信し、海外で行われている研究を国内に紹介する場が多く設けられてほしい。 
 
 最後に、有意義なシンポジウムを 企画してくださったSOASの富澤愛理子さんと準備に携わったSOASの方々、シンポジウムに参加する機会を与えてくださった三浦先生に心から感謝申し上げたい。 


〈プログラム〉

〈発表要旨〉

2015年12月5日土曜日

学問と芸術の至福の融合


[三浦篤]
 11月7日、8日の2日間にわたって日仏会館で開催されたシンポジウム「芸術照応の魅惑 近代パリにおける文学、美術、音楽の交差」は、いろいろな意味で初の試みであるといささか自負している。

以下の日仏会館イベントページよりプログラムにアクセスできます。
 
 19世紀から20世紀にかけて、パリを舞台に芸術家の交友、作品の影響の両面において、文学、美術、音楽など諸芸術が密接に交流していた。それ自体はよく知られている事実だが、その豊かな成果は詳しく分析、解明されているとは言い難く、新たな視点や問題意識から芸術照応の内実にアプローチしてみようと考えたのである。3つの学会(日仏美術学会、日本フォーレ協会、日本フランス語フランス文学会)に協力をお願いし、さらに外国人の専門家も招聘し、文学、美術、音楽の各分野から意欲的な研究者に集まっていただいた。発表者には、少なくとも二つの異なる芸術領域にまたがる主題を取り上げるようお願いしていた。 
 詳しい内容はプログラムを見ていただきたいが、2日間にわたる発表で扱われた主な芸術家の名前をここに列挙してみよう。グランヴィル、ドーミエ、ベルリオーズ、ワーグナー、ゾラ、ファンタン=ラトゥール、ドビュッシー、ヴァレリー、ラヴェル、マティス、ザオ・ウーキー、ヴァレーズ(プーランクについての発表が発表者の健康上の理由でキャンセルされたのは残念であった)。これだけでも、シンポジウムの多様な広がりが自ずと理解できるだろう。2日目の全体討議で問題がさらに広げられ、深められ、諸芸術の意外な交差、興味深い論点が続出したのは、このテーマがまだ充分に研究されていないことを物語っている。個人的には19世紀フランスにおけるワーグナーの存在の大きさを改めて認識できたのは収穫だった。またよくありがちな文学と美術の相関関係に留まらず、そこに音楽を加えることで大きく世界が広がったのも予想を超えていた。欲をいえば、舞台芸術や映画などもあればさらに面白かったかもしれないが、それは2日間の枠組みを逸脱する規模になるので、今後の課題として残しておきたい。


 そして、シンポジウムの真打ちこそは、最後に置かれたコンサートであった。サロン風の雰囲気の中で、ロマン派からブーレーズまで、選り抜きのフランス歌曲(詩と音楽の融合)とドビュッシーのチェロ・ソナタが聴けたのは、他では体験できない至福のひとときで、それは同時にシンポジウムが学問と芸術の照応の場にも変容した瞬間でもあった。コンサートを通して、全体テーマを別の形でたどり直せたのであるから。ともあれ、こんな贅沢なイヴェントを開催できたことを心から喜んでいる。


 付け加えておくと、今回の企画の起点は、20116月に日本フォーレ協会の講演会に招かれ。「マネと音楽」についてお話したことにあった。会長の野平一郎先生のピアノ演奏つきという何とも贅沢な講演会だったのだが、美術と音楽の関わりというそれまであまり意識していなかった問題が私の中に俄然浮上してきたし、講演と演奏のインターフェイスという新しい試みがとても刺激的だったことをよく覚えている。したがって、今回のシンポジウムは、私にとってこの講演会の延長として自然に構想できたのだ。出会いとはまことに不思議なものである。

2015年11月30日月曜日

「日本が愛した印象派」展英語版カタログが“The Financial Times best books of 2015 (Art)”に選出

[井口俊]

 2015年10月よりボンの国立芸術展示場で開催されている、「日本が愛した印象派」展英語版カタログJapan's Love for Impressionism(Prestel, 2015)が、“The Financial Times best books of 2015”のArt部門の一冊に選出されました。
 
 展覧会の会期は2016年2月21日までとなっておりますので、皆さまぜひ足をお運びください。また、展覧会の詳しい紹介は、三浦先生のブログ記事をご参照ください。

「絵画を楽しむ技術(メチエ)を語る―『名画を見る眼』から『まなざしのレッスン』へ」高階先生、三浦先生トークセッション傍聴記


[農頭美穂] 
 20151019日、東大駒場キャンパスにて、高階秀爾先生と三浦篤先生のトークセッションが東京大学出版会主催で開催された。「絵画を楽しむ技術(メチエ)を語る『名画を見る眼』から『まなざしのレッスン』へ」と題にあるように、この対談は先駆的な概説書の著者であるお二人から絵画鑑賞、そして美術史研究の醍醐味についてお話をいただく好機会となった。会場には専門家から美術史の学生、また一般の読者の方々まで多くの美術ファンが集い、熱気に包まれていた。
 本対談は国内外の美術史学を牽引する両先生の師弟対談という大変貴重な席でもあった。高階先生の『名画を見る眼(正・続)』『近代絵画史(上・下)』から三浦先生の『まなざしのレッスン1 西洋伝統絵画』、そして3月に出版された『まなざしのレッスン2 西洋近代絵画』へと繋がる系譜とその誕生に纏わるお話が語られ、私自身も美術史を学んだ一読者として感慨深く拝聴した。
 『名画を見る眼』に関して高階先生は絵画で語られていることを「読み解く」楽しさを目指されたといい、「細部」を見て「記述」することが新しい発見につながると語られた。また三浦先生も同書に「作品をディスクリプションする」重要さを教わったという。これは私自身三浦ゼミで学んだものであるし、そして駒場の学部生向けの「美術論」の講義、またその教科書『まなざしのレッスン』の根底に流れている精神であると思う。
 作品と向き合う際には徹底的に「細部」に注目して観察し、分析する。三浦先生は「作品を文章化しないと分からないことがあるのではないか」とも語られたが、その行為には非常に得るものが多く、新たな発見や重要なヒントをもたらしてくれ、また作品研究のはじまりとなることもあるように思う。美術史研究には資料渉猟など忍耐が要求されることも多いが、作品の「細部」の謎に惹かれたことが端緒となり、その解明に近づこうとする探究のこころが研究のひとつの原動力となるし、またそれによって同好の士が結び付けられることもあるのではないか。
 高階先生がミステリー小説になぞらえてパノフスキー流の作品解明の魅力について語り、またエーコの「開かれた作品」の概念に基づく作品解釈についてオープンエンディングの演劇に喩えて語られた一幕もあり、改めて彼らの方法論をその啓蒙的なご著書によって日本に紹介された先生の業績を思い感嘆させられた。三浦先生が指摘されたように美術史の方法論において様々な(時に実験的な)試みが成され多様な解釈が実現されていくなか、開かれた立場で作品と如何に向き合っていくのかが我々に問われているのだろう。改めてお二人のご著書を再読し、美術史研究の醍醐味を堪能しながら考え直してみたいと思う。


 対談の後半はスライドで実際に作品が投影されるなかで行われ、両先生の息の合ったセッションによって「細部」を見てまた「比較」する絵画鑑賞のメチエが披露された。主に『まなざしのレッスン』と『名画を見る眼』からの図版を取り上げる形で展開され、ルネサンスから現代に至る幅広い作品に対する両先生の自由でかつ含蓄深いご指摘が聞くことができる、大変貴重で刺激的な時間であった。プッサン《フローラの王国》の細部のモチーフや構図に対するコメントから始まったこのセッションであるが、個人的にはジェリコー《メデュース号の筏》とキーファー《シベリアの王女》が並べられたスライドが印象的であった。『まなざしのレッスン2』でも紹介された作品だが、この二作品に共通する「崇高の美学」を見出し、時間と様式を超えた物語画の変容を示す例として提示してくださる先生の熟練したメチエはまさに脱帽物。両先生にはとても及ばないが、自分も日々その作品比較のリソースを蓄積していくことで作品を見る眼を磨きたいと気持ちを新たにさせられた。

2015年11月16日月曜日

「日仏交流を通した日本の美術史学の構築」


[三浦篤]

 そんなタイトルの論文の執筆依頼を受けたのは1年半前のことである。パリのINHA(国立美術史研究所)の雑誌Perspectiveの編集主幹をしているAnne Lafondからの要請。彼女は2012年にパリで開催されたEcole de printempsで事務局長の大役を務めた優秀な女性研究者で、18世紀美術史を専門としている。何を思いついたのか、最初は日本の美術史学のことを紹介してくれという話だったが、あまりに大きすぎるテーマに躊躇っていると、日仏関係に限定しても良いということで、それならばと引き受けて、Perspective最新号に発表することができた。« La construction de l’histoire de l’art au Japon à travers les échanges franco-japonais », http://perspective.revues.org/5700


 とはいえ、論点をかなり欲張ったので長めの論文になった。明治以来の日本における美術史学の成立過程と現状(西洋美術研究と日本・東洋美術研究が並立する歴史)、日本におけるフランス派美術史研究者の業績やフランス美術に関する展覧会の紹介、さらにはジャポニスム研究と日本近代美術研究に焦点を当てた日仏美術交流史研究の現在などだが、特に最初のふたつは欧米ではあまり紹介されていないので意味があるかと思う。


 
 海外で講演したり、シンポジウムに参加したりするたびに思うことだが、日本にはこれだけ質の高い研究蓄積があるのに(美術史のみならず人文科学全体について言えることだ)、日本語で書かれているというだけの理由で、グローバルな世界で知られていないのは本当に残念なことだ。もちろん、外国語による発信が容易でないのは当然だが、ケースに応じて様々な手立てを講じる(自分で発表する、通訳者、翻訳者を用いる)とともに、機会があれば日本語でも発表したいとも思う。外国語で発信するのと同時に、日本語の国際的存在感を高める努力があってもよいはずだ。また、外国語を使う場合でも、相手の母国語ではなく、双方にとっての外国語である第3の言語で話せば、ある程度対等になることもある(現在ドイツで開催中の展覧会「日本人の愛した印象派」で英語を使ったのはその例であった)。つらつらと、そんなことを考えるこの頃である。

2015年10月18日日曜日

ドイツのボンで「日本人が愛した印象派」展開幕

[三浦篤]

Japans Liebe zum Impressionismus, Von Monet bis Renoir 
8. Oktober 2015 – 21. Februar 2016
Bundeskunsthalle, Bonn 
【1116日追記(ブログ管理者)
上にあるドイツ語の展覧会名をクリックすると、日本語の紹介ページへジャンプします。



 ようやく肩の荷を下ろしたという心境です。5年間かけた準備がようやく実を結び、108日にボンの国立芸術展示場で展覧会が始まりました。日本の美術館、コレクションに所蔵される近代フランス絵画77点に、彫刻10点、浮世絵版画19点(ジヴェルニーのモネの浮世絵コレクション)、日本近代洋画19点、その他の作品や資料を加えて構成したもので、このような展覧会はドイツのみならず、ヨーロッパでも初めての開催になります。いや日本においてすら、これだけの内容の展覧会を開くことは決して容易ではないでしょう。

 
 ヨーロッパでは知られていない、日本が所蔵する印象派を始めとするフランス近代絵画コレクションの優れた作品(バルビゾン派、印象派からポスト印象派、ナビ派まで、すなわちコロー、ミレー、クールベ、マネ、モネからルノワール、セザンヌ、ゴーガン、ゴッホ、ボナールまで)を展示すること。それが本展の第1の目的ですが、実は他にも重要なポイントがあります。 

 ひとつは、このような日本のコレクションがどのようにして形成されたのかという、その歴史的な経緯を紹介することです。日本が大きな経済発展を遂げた19世紀末から両大戦間の時期に、松方幸次郎や大原孫三郎など日本の実業家たちは、欧米のコレクターたちと肩を並べる素晴らしいコレクションを作り上げました。さらに、第2次世界大戦後にも経済の発展と歩調を合わせるかのように、いくつもの重要なコレクションが出来上がっていったのです。展覧会では主要なコレクターのほかに、重要なフランス近代美術コレクションを所蔵する美術館(国立西洋美術館、大原美術館、ブリヂストン美術館、ひろしま美術館、東京富士美術館、ポーラ美術館、吉野石膏コレクションなど)も紹介しています。

 もうひとつの大きなテーマは、日本美術とフランス美術との密接な交流にほかなりません。19世紀半ばの日本の開国以来、浮世絵版画がヨーロッパに渡り、フランスの印象派、ポスト印象派の画家たちに衝撃を与え、彼らの芸術の大きな養分となったことは、いわゆるジャポニスムとしてよく知られています。他方、ジャポニスムにやや遅れて日本にも西洋絵画が根づき始めます。特に19世紀末から20世紀初めにフランスに留学した黒田清輝とその弟子たちが、フランス絵画の外光派アカデミスムや印象派の様式を我が国に移植したのです。浮世絵版画から印象派へ、印象派から日本近代洋画へという双方向的な日仏美術交流の歴史もまた、本展の中で示しており、日本でこれほど印象派絵画が好まれるのは、両国の美意識のつながりが濃厚であるのも大きな理由だと想像されます。そして、近代日本における印象派評価には、実はRichard MutherやJulius Meier-Graefeなど、同時期のドイツの美術史家の著作が影響を与えていたことも付け加えておきたいと思います。


 日本から遠く離れたボンで幸いにも展覧会を見ることができた方には、浮世絵版画、印象派絵画、日本近代洋画の美的な共鳴、交感をぜひとも味わっていただきたいのです(特にモネの部屋と最後の部屋)。この展覧会が画期的なのは、ヨーロッパでは知られていない日本の優れたフランス近代絵画コレクションを紹介することに留まりません。印象派絵画がジャポニスムや日本近代洋画と濃密な関係を持つことによって、日本のフランス近代絵画コレクションがより豊かに形成されたたことを示すことにもあるのです。それこそが本展の歴史的な意義にほかなりません。


 本展の実現に協力して下さったすべての皆さんに、心より御礼を申し上げたいと思います。まず、展覧会の意義を理解し、貴重な作品をお貸しいただいた日本の美術館には、どんなにお礼を申し上げても足りません。展覧会を主催された国立芸術展示場(館長のライン・ヴォルフスさん、ベルンハルト・スピースさん、スザンヌ・アンネンさん)の献身的なサポートにも、心より感謝申し上げます。そして、今回のCuratorial Teamドイツ側のベアーテ・マルクス=ハンセンさんとデットマー・ウエストホフさん、日本側の熊澤弘さんと薩摩雅登さん)にも感謝の念を捧げ、この喜びを分かち合いたいと思います。なお、この展覧会の最初の企画は、国立芸術展示場前館長のロバート・フレックさんとウエストホフさんが、数年前に私の大学のビュローを訪ねて下さったときから具体化したことも、申し添えます。他にも、在日ドイツ大使館などご協力下さった諸機関、個人の方々など、すべてのお名前を挙げることはかないませんが、深く御礼を申し上げます。

 なお、本展覧会にはドイツ語版のみならず、英語版のカタログもありますJapans Liebe zum Impressionismus [Japan’s Love for Impressionism],Prestel, 2015.

【10月25日追記(ブログ管理者)
三浦先生の日本語による展覧会紹介の動画リンクを掲載しました。
https://vimeo.com/142262355